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4年目のチャレンジ、職員自ら作り上げる研修へのシフト【東香会の分野別研修の裏話-後編-】

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2022/07/22

分野別研修とは、東香会が運営する6つの施設を横断して職員が学び合う研修プログラムです。2022年度は分野別研修が始まって4年目で、6つのテーマ毎に参加者がグループ分けされて年間で数回開催されます。

“東香会の中には、さまざまな人とたくさんの感性が集まっています。集まっただけならばただの点の集合。混ざりあったならば面への結合に向かうように感じます。日常の保育から生まれる興味や問いが、「点」のような一人の発想だけでなく、たくさんの保育者の「面」で語られるのであれば、素晴らしく大きな叡智につながることでしょう。” 
〜分野別研修にあたってのメッセージより

前編のあらすじ
当初はうまくいかなかったけれども、きっかけを掴んで盛り上がってきた分野別研修は、4年目を迎えた2022年度にどう進化していったのでしょうか?今回は後編として、当初から事務局をしてきた東香会本部の森田さんと、現在このプロジェクトのアドバイザーを務める上町しぜんの国保育園の青山園長の2人への対話インタビューをお届けします。

前編はこちら↓
ぎこちない雰囲気の内部研修…その転機になったのは日々の子どもたちのエピソード共有【東香会の分野別研修の裏話-前編-】

話し手:上町しぜんの国保育園 園長 青山 誠 (写真右)
    社会福祉法人東香会 本部長 森田 純平 (写真左)


4年目を迎えた2022年度の分野別研修のテーマはどんなことに取り組んでいますか?

青山:
1年目の様子から見ていましたが、取り扱うテーマの数が多くて初めての取り組みだったので、全体の進行や資料作りも含めて事務局の労力はかなりのものだったと思います。

中身としては、保育の研修なので保育者が集まっていろいろと発言するわけで、そこに保育者ではない事務局が入っても議事進行はできるけれども、上がってきたエピソードに対して一つずつ投げ返して、議論を深めるのはすごく難しいことだったと思います。前編で森田さんが語ったように、アウトプットをポップにして楽しい雰囲気を作っていった一方で、保育者は参加者に留まってしまい、主体的に参加できていませんでした。

森田:
青山さんの指摘のように、分野別研修の中心はやはり保育の話なので、保育の深部まで事務局が落とし込むことができないもどかしさは感じていました。そこで、2年目からは各施設長にも講師として入ってもらうことで「保育者による保育者のための研修」になっていくようにしていきました。青山さんにはアドバイザーになってもらい、少しずつ保育者主導に変えていって、2022年度は全面的な移行となりました。

青山:
2022年度の分野別研修は、「3つの研修」と「3つの研究」で構成しています。研修は経験年数別にメンバーが選出されていて、入職から2~5年目ぐらいの東香会でルーキープラスと呼んでいる保育者と、それ以上の経験を持つミドルリーダーを対象としています。その層に持っておいてほしいスキルや知見を学ぶ、運営側の意図が比較的強い内容です。例えば、「仕事の進め方を学ぶプロジェクトマネージメントはこちらに入ります。もう一方の研究は、それぞれ発案されたテーマに経験年数にこだわりなく、参加して究めていく内容です。

2022年度の研修テーマ
●新人研修
●仕事の進め方(ルーキープラス〜センター)
●会議の進め方(ミドルリーダー)
●大人と子どもとの関係性
●子どものからだが動くとき
●保護者との有機的な関係を考える

森田:
例えば、テーマの一つは「保護者との有機的な関係」というかなり具体的で奥深いものです。上町しぜんの国保育園の新設から携わった保育士の石上さんがテーマを発案しました。ファシリテーターも彼が担当しています。

青山:
テーマの設定は、各施設のミドルリーダーの中から選出した運営チームを先に作って、本番の研修の前に2回ほどディスカッションして決めていきました。このディスカッション自体もとても有益でした。一般企業でいえば管理職手前の幹部候補生のようなレベルで、保育現場の情報を一番多く持っている保育者たち。そんな彼らがどんな熱量で仕事に向き合っているのか、どんなことに悩んでいるかなど、いろいろな気づきを与えてもらえました。

また前提として、著名な講師を招いてレクチャーを受けるのではなく、運営チームの保育者自身がファシリテーターとして先導する側になるようにしました。人に教えるためには、自らが勉強して伝えるための工夫をしなくてはなりませんし、何が必要なのか考えて決めていくことが不可欠です。時に自分たちの考えとは違う参加者の思わぬ反応に遭遇することもあるので、調整しながら良い方向に導く必要があります。実は、そういった経験が一番の学びになるのですよね。上町しぜんの国保育園でも、以前からお互いがお互いに研修していく相互研修を実施していて、非常に効果がありました。教える立場につくことで、本来持っている良さや日常の業務とは違う面が見えてきて、その人が光ってくるのです。

保育者がそういうビジネス的な教育やトレーニングを受ける機会はあるのでしょうか?

青山:
ファシリテーション、事例集め、合意形成、プロジェクトマネージメントといったビジネス的な知識やスキルは、保育者が学生の頃にも入職してからも、学ぶ機会は少ないと思います。なので、自分がそれをやる立場になったときに戸惑いを感じるかもしれません。

でも、実は、保育者も日々の保育の現場で事例集めはしています。クラス便りや連絡帳を書く時に元になるものを集めるのは事例です。合意を得るためのコミュニケーションも、「あの場所を子どもたちのために使いたいのですが」というように、施設内外の関係者との事前調整の場では必要になります。運動会などイベントの企画運営には工程管理や役割分担といったプロジェクトマネージメントが不可欠です。

このようなスキルが入職から2~5年目ぐらいのルーキープラスになると必要になってきますが、保育者が習得する機会は少なく、園内にも構造的に理解していて他の人に教えられる人がほとんどいない状態です。先輩の動きを見て学ぶのが基本で、結果として保育者は職人的な方向に育つ傾向があります。上町しぜんの国保育園には非常勤も含めると50名近い職員がいて、子どもたち90世帯以上の保護者もいます。たくさんの人々と関わって保育をしていくには、日々の仕事を構造的に理解して進めていくことが不可欠であり、それができないと「人柄は良いのだけどね…。」という評価になりがちです。そうなってしまうのは、その保育者が悪いのではなくて、教え育てていく環境が不足していると考えています。

青山:
本番研修では運営チームのファシリテーションのもと、参加者をどんどん巻き込んで進められます。対面で話し合える回数は限られているので、事例を集めたり、参考になる動画を撮ってきたり、園内関係者とコミュニケーションをして合意をとってきたりなど、個別のToDoは宿題として持ち帰ってもらいます。

ただ、せっかくたくさんの事例を集めても、「良さそうだけど、うちではできないな」と決めつけて終わってしまっては意味がありません。また、内容によってはそれぞれの施設間の溝を広げてしまうことになるかもしれません。そこで、ファシリテーターを中心に一歩踏み込んで揉み返してみて、「事例とわたしたちの保育の場に共通する課題や解決策は何だろうか?」と、往還をしながら議論を次の展開に持っていく必要があります。参加者にはお互いの理解を深めて、東香会の共通のチャレンジに持っていけるようにしてほしいのです。

わたしもこれまで保育者をやってきた経験がありますが、日々の保育の中ではいつも決まった園内の同僚や保護者と接していて、園の外の人と話す機会は少ないです。悩みを抱えて将来に不安を感じた時、次に取る選択肢は“転職”になってしまいます。異なる環境にいる園の外の人と話すこと自体がリフレッシュにもなるし良い刺激にもなります。距離的に離れていて、保育環境もそれぞれ違っていても、東香会の同じ理念を共有している仲間とは安心感があると思いますね。分野別研修が活発になると、結果的に運営チームや参加した層の離職率の低下につながっていくのではと思います。

東香会は比較的余裕のある人員体制を敷いていますが、それでも人手が足りなくなることもあります。研修は他にもいくつかあるので、スケジュールやシフトをどうにかやりくりしながら対応しています。研修会は出席する本人だけでなく、周りの人の助けがないと成り立たないものです。

分野別研修のこれからの話を聞かせてください。

森田:
2022年度は3年ぶりに対面で話し合う機会が3回あって、加えてチャットでも進捗共有や検討が行われています。2023年1月には発表会の開催も予定しています。個人的な思いとしては、この研修を東香会の中だけではなく外へも開いていきたいです。現在の研修内容は外の人からみたらどう見えるのかなどの話も聞いてみたいし、講師やゲストとしてこれまでとは違う人にも参加してもらいたいです。それによって、内容が深まって彩りも加わるのではないかと考えています。

青山:
ジャンルの違う人とのコラボレーションや東香会以外の保育者に見てもらうなど、外に開いていくことができれば、それはそれで楽しいと思います。外の人に見てもらえるという観客効果だけでもとても大きい。保護者の方に参加してもらうことから始めても良いかもしれませんね。

上町しぜんの国保育園の園内勉強会は、自分たちが主となって外部からのゲスト参加者を受け入れ、参加者10〜15人くらいの規模で開催しています。自分たちにとってはホームなので、外にいって発表するよりもハードルが低い設計です。徐々に園の外の、文脈の違う人と話すことに慣れていくことを進めています。保育者の立場からすると、日常の子どもたちのエピソード事例については、プライバシーやそれぞれの事情などの安心が担保されないと話しづらいこともあります。事例の内容は受け取る人によって、好意的だったり否定的だったりいろいろな受け取り方をされます。ただ、そこに気を配ってばかりだと、外に向けてのプレゼンテーションの見せ方が先走ってしまって、議論や内容が疎かになり本末転倒になってしまいます。

これは上町しぜんの国保育園の「子どもたちが世田谷から歩いて海まで探検する」という企画を実施した時の話です。上町しぜんの国保育園には、“5日間とことん遊ぶ週間”があります。チームの一つが世田谷の園から海まで歩いていく計画を立てました。1日目に歩き切ったところに目印になるものを置いておいて、2日目はその目印まで電車やバスで行ってそこから歩きはじめ、ちょうど5日目で川崎の海に到着しました。この企画の始まりは、「街中のマンホールが海につながっているらしい」という子どもたちの間での噂話でした。

この事例については好意的な反応もあれば、「園長はルートを把握しているのか?下見をしているのか?」というフィードバックもありました。「下見したら探検にならないじゃん…。」と感じながらも、そんな話も含めて、レポート報告会をオンラインで開催して100名ほどの観客に発表したところ、興味深く聞いてもらうことができました。

また、これはたまたまですが、後日大きな反応がありました。職員がこの探検の話を家族に話したところ、そのつながりで偶然話を聞いた児童出版社の編集者から、記事にしたいという声がかかりました。

園の中では日常的に行なっていることも、外部の人に話すと反響が大きいようなこういうエピソードはたくさんあります。保育者は活発だけれどもシャイな人も多くて、自分でグイグイとプレゼンするようなタイプではない。こうやって、外の人に興味を持ってもらえて取材などで取り上げてもらうと、保育者の自信にもつながります。

森田:
2022年度から職員が自ら作り上げる研修に本格的に変わったことは大きな変化なので、これからが楽しみですね。研修運営チームのメンバーが集まって、分野別研修をどうしていくか、何を議論していきたいかを自身で考えるようになりました。ゼロから取り組めるのでやりがいもあると思います。

青山:
研修運営チームのメンバーの選出は各施設からの推薦となっていますが、毎年メンバーチェンジしても、2年任期とか、それ以上にしても良いかもしれませんね。

森田:
そう言われてみれば、2年任期も良い気がしますね。1年前とは違うテーマで、次の年度にもう一度トライしてみたいとか、1年目の振り返りを2年目の活動に活かすこともできそうですね。

青山:
彼らミドルリーダーは経験も実力もついてきて、園の中で起こることについてのかなりの視野を持っています。毎年起こることとイレギュラーなことの区別がつけられて、それに対して自分ができることやすべきこともしっかりとわかっています。ただ、職位はあるわけで、主任や園長などを飛び越えて自由にできることは限られています。さっき森田さんが言ったように、彼ら自身がこの研修を使ってゼロベースで企画を進めていくことで手応えを感じられる、良い仕組みに成長させられるとよいと思います。

例えば、「職員のためのフェスをやろう」というアイデアそのものがひとつの園の中では起きません。なぜなら、日々子どもを起点に考えているから、大人が楽しむ企画の発想は生まれないからです。でも、東香会が「大人がそういう企画を発信して、形にしても良いよ」という法人であることは、経営者とスタッフの間に信頼感が増すことにもつながりますよね。

理事長の紘良さんの「東香会の各施設をフランチャイズのようにしたくない」という意志が効いていて、それに応えられるだけの強度ある個性が集まって、各園の特色につながっています。都心にあって新しくできた上町と渋谷とでも特色が全然違います。バラバラの意見をそのまま認めるわけではないけれど、個性があること自体を認め合っています。さらには、たくさんの個性が集まった点の集合というだけではなくて、揉み合って粘り合う風土があります。

強度ある個性を生かそうという東香会の発想はユニークなものだと感じています。複数の施設を運営する保育法人の多くは、理念を共通させるために保育内容を揃えるとか、合言葉を異様に強調するとか…。一般企業でもありうるのかもしれませんが、300人全員で毎週職員会議をするぞ!とか、実施した側は満足かもしれないけれど、聞く側は受け手になってしまいますよね。保育者が法人を自分のフィールドとみなして、自ら動けるようになるのはそこではないと思います。


前編はこちら↓
ぎこちない雰囲気の内部研修…その転機になったのは日々の子どもたちのエピソード共有【東香会の分野別研修の裏話-前編-】

2022年度の分野別研修の模様はこちらでご紹介しています↓
保育士がプロジェクトマネージメントを学んで、フェスを開催する?!4年目を迎えた分野別研修