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しぜんの国保育園旧園舎の再活用【前編】〜関わった人たちの視点

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2022/12/15

東香会が運営する東京・町田のしぜんの国保育園の敷地には、東香会設立当初の1979年から2014年まで子どもたちが過ごしてきた旧園舎が残っています。このたび改装を行い、「子育てひろば」と月に一度の「しぜんの国食堂」をスタートしました。

里山の傾斜を活かした2階建の園舎には、趣のある雰囲気が残っています。今回の工事では、積み重ねてきた時代の面影や痕跡を残しながら一部を改修しています。当時の木材をサインや什器に再利用したり、床に里山の土を混ぜた材料を施したりと、すべて新しくするのではなくあえて残す部分はそのまま残す手法をとりました。

11月に法人内職員に向けた内部向け事業共有の会を開き、関わった関係者が事業への想いを述べ合いました。本記事ではその様子をレポートします。


社会福祉法人東香会 理事長 齋藤紘良

本日は「しぜんの国保育園きゅうえんしゃ」の門出をお祝いする日です。新たに、といっても建築からすでに40年以上経っている建物です。これから再活用が始まりますが、歴史を重ねてきたことも含め過去・現在・未来をまとめて、この「きゅうえんしゃ」がたくさんの方の笑顔と幸せを運ぶ場所になってくれたらと思います。

先ほど新園舎のsmall villageから旧園舎に歩いて向かっていると、日が暮れて辺りが暗い中に建物の明かりが灯っていて、懐かしい気持ちになりました。2014年にsmall villageへ移ってから8年間、この場所は光に照らされることがなく少し寂しく感じていましたが、眠っていた建物が目覚めたのだという気持ちが込み上げてきました。

右奥の新園舎から坂を下り、日が暮れて明かりが灯るきゅうえんしゃ(旧園舎)。 外観は以前の趣のまま。

実は、老朽化に伴い建物を取り壊すかの検討もあったのですが、旧園舎には前理事長の熱い想いが込められていることを引き継いでいますし、建物としてもモダンで素敵なので、どうしても取り壊すという気持ちにはなれませんでした。

そこで、後ほどご挨拶いただくTRAVELERS PROJECTSの野田さんに相談にのってもらったのが、いまから10年以上前になります。そこから「どうやってまた素敵な場所にしていこうか」ということを考え続けてきました。
みなさんに支えられながら、この日を迎えられたことに喜びを感じています。

(フラワーアレンジメント:花綵

TRAVELERS PROJECTS 野田恒雄さん

 いまから約10年前、福岡で野呂さんと運営していた建物再生プロジェクトの拠点で開かれたイベントに、ミュージシャンとして招かれていた紘良さんとお話ししたのが最初の出会いでした。その時はほんの短い時間しか言葉を交わさなかったのですが、「今度、ご相談したいことがあります。」と、帰り際にお伝えいただいたのが、この旧園舎の再活用プロジェクトのスタートでした。

この建物は竣工当時それなりに斬新な発想だったと思いますし、実現するために当時の設計士や施工者と、かなり話し合いをしながら進めていかれたのだろうと感じます。

新しい発想のプロジェクトとして、今回も工事を始めるまでにクリアにしなければならないことや行政との交渉といった壁がたくさんありました。わたしたちはそれまで一般の建物を主に扱ってきたので、所有者の意思決定さえあれば良かったのですが、公益性の高い社会福祉法人ではそういうわけにもいかず、なかなか思うようには進められませんでした。

今回の工事を始める段階においても、プロジェクトの趣旨を関係者に細かなところまで理解いただくのはなかなか大変でした。なぜなら今回のプロジェクトには、一般的な設計の感覚とは異なることが非常に多いからです。たとえば、エントランスの床の仕上げには、この土地で採取した土を練り込んでいます。なぜそれをしようと思って、そこにどんな意味があってという、意図を理解してもらって初めて適切な施工をしてもらうことができます。

今回は再生プロジェクトの一つの到達地点ではあるのですが、プロジェクトにはもっと先の計画もあります。しぜんの国保育園の周囲の里山や隣接するお寺の方へと視野を広げていって、東香会が掲げる「全てこども中心」を体現できるような場所にしていくことが最終目標です。今回の工事はその第一歩であり、そしてここからが本当の始まりです。

TRAVELERS PROJECTS 野呂英俊さん

野田さんとは2008年からTRAVELERS PROJECTSという古い建物などを再生し、場をつくる活動を10年以上続けています。今回の工事では、全体の構想のほか、グラフィックデザイナーとして各部屋のサインのグラフィックデザインを担当しました。

グラフィックのデザインをする際は「全く新しいものをどう作っていくか」というアプローチが一般的ですが、今回は旧園舎が積み重ねてきた年月をどう魅力的に蘇らせて活用していくかがポイントとなりました。関係者のみなさんのお話を伺う中で、それをどのように形にするかを考え、かつて子どもたちが座っていた小さな木製の椅子を、その形を活かしながら各部屋の案内サインに変身させました。本物の木琴のように叩いて音を出すこともできます。

プロジェクトはまだ始まったばかりではあるのですが、すでに思い出がたくさんがあるように感じています。ここからまた楽しいことが始まっていけばと思います。

小さな椅子が、木琴のように音が出る楽しいサインに変身しました。

ナフ・アーキテクト&デザイン有限会社 中佐昭夫さん

こちらの写真は以前に旧園舎で撮影したものなのですが、日付を調べると17年前でした。当時の園長も写っています。このときは、現役だった旧園舎の部分的な設計と改修を担当しました。今回の「きゅうえんしゃ」の設計にも関わることになり、以前に自分が携わったものが、そこにあるということに不思議な感覚を覚えました。

今回のプロジェクトにおいては、古くなった建物のどういうところを継続的に生かし、あるいは転用していくのか、通常の設計プロセスでは進められないことがたくさんありました。子育てひろばやキッチン、トイレは元々あった設備を一部再利用しています。エントランスから廊下に至る床の塗料に土を混ぜ込んだり、廃材を部屋のサインに使用したりしています。関係者のみなさんと話し合ってきたことが履歴として蓄積できました。

30年前に広島で建築学部の学生だったころ「明治維新で西洋文化が日本にやってきて、コンクリートの上に瓦をのせたような妙な建築が増えた」と教えられました。コンクリートの建物の上に伝統的な屋根をのせるのは昭和初期に流行した和洋折衷の帝冠様式と呼ばれるものです。要はこういうものはあまりよくないということでした。

その後に、別の大学院に進んで、日本の建築史の研究室に入りました。そこで、学部の時に教えられた「妙な建築」は実はおかしなものではなくて、いろいろな歴史を日本が積み重ねてきた、むしろ自然なことで、どちらかというと非常に面白いということを学びました。「新築が一番良い」と教えられて、わたしもそう理解していたわけなのですが、「歴史を踏まえた日本に伝わる技術や文化を継承しながら、新しい価値を作っていくことが、独自性があって良い」というように、建築業界だけでなく世の中も変化しています。今回、そんなアプローチを体現するプロジェクトに関われたことをありがたく感謝します。

ジーク株式会社 原馬壮騎さん

一番初めにここに来たときに「この建物は何年も使われていないのだろうな」という印象を受けたことを覚えています。これまでの経験として、新しいものを作るということが多かったわけですが、「既存のものを残して、記憶を残しながら再生していきたい」というお話を伺って、非常に興味深いと感じました。

実際の施工は、2022年9月にスタートしました。始まってみると、「既存のものを残す」ことは簡単ではなく、施工会社の立場としてはリスクを孕んでいるのでやりたくないということも正直ありました。みなさんが話題にあげていた「土の床」については、1週間かけて裏の山から黒い土を採取して、中に含まれている根っこや小さな虫などをふるいにかけて全部取り除いて、施工上安心できるレベルにしてから使用しました。元々、引き戸だった扉を開き戸にすることや、通常の内装工事ではやらないことにいくつも取り組みました。おかげさまでとても経験値が上がりました。

ただ単純に内部を壊して新しいものに作り変えるだけではなくて、そこに染み付いた記憶のようなものを活かしていくことに個人的にも興味を持っています。昔の椅子がサインになっていたりするところは、記憶が残っていてすごく素敵だなと感じています。施工者として今回の経験ができたことをありがたく思います。

話題に上っていた土を練り込んだ床です。美しい風合いに木漏れ日が映えます。

【後編】はこちらからご覧ください。