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しぜんの国で働くということ 保育士のなごやさんインタビュー

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2019/01/16

なごやさんは、しぜんの国で働く前に、2つの保育園で働いた経験があります。保育に芸術を取り入れ、子どもの自主性を重んじる教育法が定着していることで知られる、イタリアのレッジョ・エミリアへ行くほどの行動派!乳児保育のリーダーも務めています。

なごやさんが、なぜしぜんの国で働くことになったのか、どんなことを考えながら保育をしているのか、ご紹介します。


イタリアのレッジョ・エミリアで現地の子どもたちと折り紙をするなごやさん。



今はまっていることは?

ジャグアタトゥーの絵を見るのが好きです。

トイレットペーパーっていう雑誌を眺めるのも好きです。アーティストのマウリツィオの世界観がいいですね。

 

好きな音楽を教えてください。

ミニマルテクノの長めのDJセットが好きです。
最近は、Natural Electronic SystemとかHung Massiveを聴いています。

得意なことを教えてください。

運動全般が得意で、特に縄跳びは大好きでした。三重跳びもできます!


しぜんの国を知ったきっかけ

以前、別の保育園で働いていたのですが、イタリアに通年1年ぐらいいて、戻ってきてから大学の先生を介してしぜんの国保育園を知りました。勧められた本を読んだら、この園が掲載されていたんです。保育士の個性も大事にするという印象がありました。

なぜしぜんの国に就職しようと思ったのですか?

その前は、区の保育園で働いていたのですが、子どもたちが主体的に遊べるよう、例えば園庭の工夫とか、みんなで色んなことを一生懸命工夫したり考えたりしても、どうしてもルール上却下されてしまうこともあって、悔しい思いもしていました。

先生たちの部活動など、面白そうな人たちが集まっている印象がありました。自分は保育の世界しか知らないので、ここであれば、色んなバックグラウンドをもつ先生たちから新しいことを吸収できるような気がしたし、自分のやりたい保育もできるのではないかと思って応募しました。

しぜんの国で働く前には何をしていましたか?

区の保育園で働いたあと、一旦保育の仕事を辞めて、イタリアのレッジョ・エミリアに行きました。そこで通算1年ぐらい過ごして、日本に戻り、そこからしぜんの国で働き出しました。

レッジョ・エミリアの街並み

それまでは、絵の描き方一つとっても、自由にやっていいんだよ、って子どもに任せていたんです。イタリアに行く前のことですが、ある男の子が描き上げていない絵があったので、いつもの調子で「自由に描いていいよ」、と完成を促し、その日のうちに仕上げたことはいいのですが、全然嬉しそうじゃなくて、「こんなんじゃない!」ってくしゃくしゃにしてしまって。レッジョに行って、表現をするために、子どもそれぞれの方法を選ぶことが大事なんだなという発見がありました。

例えば、無理にその日に仕上げなくても、次の日実物を見ながら描いたら、その子にとってもっと満足度の高い絵が完成したかもしれない。ベタベタって色を載せるだけの子もいれば、写実的な描き方をする子もいて、表現の仕方にはいろんな方法があっていい。子どもの表現の仕方を見る視野は広がったかもしれません。

イタリアでよく行っていたという思い出の場所。

イタリアでは、泣いている子がいたら、大人は放ったらかしにしていて、私たちから見るとちょっとキツいなと思うところがありました。1人の大人みたいに扱われていて、使う道具は本物。粘土ならいろんな土を使っていたりしましたね。子育て文化の違いを知ることができて、日本ならではの思いやりや優しさを大切にした保育をしたいな、という思いも改めて生まれました。

イタリアにいることで言葉がわからないことの不安やもどかしさも身をもって体験したことで、小さい子どもが言いたくても言えない時の、もどかしい感情がすごく理解できてよかったなと思います。

実際に働いてみてどうですか?

先輩たちは話を聞いてくれるし、人間関係も良いと思います。非常勤の先生たちからも働きやすい、という声を聞きます。町田から異動した渋谷も、本当に雰囲気が良いですね。みんな穏やかだと思いますし、同僚もすごいなあ、と思える人がたくさんいます。例えば、私だったらここで終わりって締めちゃうようなことも、ずっと辛抱強く待ってあげられるとか。

ある日の過ごし方

今後どんなことをしていきたいですか?

プライベートでは自分の子どもを産みたいです!

保育士としては、乳児担当になることが今まで多かったので、幼児を担当して、幅を広げたいと思っています。


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